【獣医師向け】いつから始める?腎臓療法食

【新しい腎臓病の食事管理を】リン制限とタンパク制限は別物です。 

IRIS ステージ2、またはタンパク尿+で腎臓療法食の開始が推奨。

CKDにおける腎臓療法食の開始時期には様々な議論がなされており、早期に始める先生もいらっしゃれば、尿毒症症状が出る手前で始める先生もいらっしゃいます。一般的には今までIRISステージ2またはタンパク尿が検出された段階で腎臓療法食は推奨されていましたが、動物たちの食生活のバリエーションが豊かになり、療法食への切り替えが容易ではないケースも多々見受けられます。

近年早期腎臓病用の療法食か発売されたように、理想は腎臓の状態に応じ、タンパクやミネラルの調整を段階的かつ個々の症例の状態に合わせて変化させることです。早期にタンパク質をしっかり制限した腎臓療法食を給与してしまうと、体タンパク質の減少により、MCS(マッスルコンディションスコア)の低下、さらには寿命に影響する可能性があります。最近は早期のリン制限も高カルシウム血症を可能性も指摘されています。現時点において、早期にCKDを発見できた場合は、飼い主様に現在の食事内容を聴取し、異常な高タンパクや高リンの食事を避け、リン制限の必要性の有無を判断し、タンパク質量が総合栄養食基準の下限に近いフードへ変更するか、腎臓療法食を混ぜて与えることにより、将来的な切り替えに備えるべきでしょう。

IRIS(2023年に更新されています。): http://www.iris-kidney.com/index.html

また、オヤツなどの副食についても指導が必要です。ササミが体に良いと信じ込んでいる与えている飼い主様も多く、給与量を聴取すると大量に与えている場合があります。タンパク質や脂質、炭水化物という言葉を把握できていない飼い主様もいるということを獣医師が認識し、早期に飼い主教育をしていくことで動物の寿命を延ばすこともできるかもしれません。

リン制限:FGF23(線維芽細胞増殖因子23)が目安?

2020年10月15日より富士フィルムVETシステムズで、FGF23が測定できるようになりました。FGF23は血中のリン濃度を下げるホルモンであり、血液が高リンを示す前に上昇するバイオマーカーです。FGF23濃度は、予後因子としての意義が示唆されています。

FGF23が測定できることにより、リン制限の開始時期の指標になることが期待されています。

https://www.fujifilm.com/jp/ja/healthcare/veterinary/examination/endocrine/kidney-pancreas

2023年に更新されたIRISでは、猫のリン制限の目安としてFGF23の測定を挙げています。今食べている食事の内容や、高カルシウム血症・貧血・炎症によりFGF23の値は左右されるため、結果の解釈が難しい部分があります。測定する場合は、全身を精査した上での検査が必要です。

新しい考え方「サルコペニア」「フレイル」、タンパク制限はギリギリまで行わない?

人間では近年「サルコペニア」「フレイル」という言葉がよく使われており、「サルコペニア」は 加齢に伴って生じる骨格筋量と骨格筋力の低下 を、「フレイル」は 高齢者が筋力や活動が低下している状態「虚弱」を意味しています。タンパク摂取量とフレイルは負の関連があるという報告がいくつもあり、腎臓病でサルコペニアを合併した場合、予後が良くないことが人では知られているため、早期にタンパク制限を行うことが疑問視されています。また、低蛋白食により寿命が延びたというエビデンスは乏しいため、尿毒症症状が出る一歩手前まで、タンパク制限をしないほうがよいという考えがでてきました。

上記のような流れや高齢者のタンパク吸収率は低下するということもあり、日本人の食事摂取基準2015と2020のタンパク質の食事摂取基準を比較すると、高齢者の目標量の下限が引き上げられています。また、注釈として、「フレイル予防を目的とした量を定めることが難しいが…」の文章が追加されています。
動物たちの世界でも、高齢だからタンパク質を制限するという考えよりも、高齢だからしっかりとタンパク質を摂取するという考え方に変わっていくのかもしれません。ただし、人のように細かい調整が難しい症例も多いため、同じ考え方を外挿できるかという疑問は残ります。

厚生労働省:日本人の食事摂取基準2020年版

日本腎臓学会:慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年度版(人間の基準です。)

保証成分値はあてにしない。

別のページで記載させていただきましたが、パッケージに記載されている成分値は非常に大きな誤差があることが知られている為、信頼のおけるメーカー以外の記載はあてにならない現状があります。特に「以上」「以下」で記載されているだけで、webサイトを見ても詳しい栄養成分の記載のない製品に関しては、感覚的には避けていただきたいです。ペットフードの成分値は皆様が思っているよりも大雑把なものであると念頭に置き、食事を選択していただいたほうが、病気のコントロールがつく可能性があります。

食事制限は大きなストレスとなる。

「これ(だけ)を与えてください。」という獣医師の発言は、時に「これしか食べる(与える)ことができない。」と考え、飼い主様へ精神的に大きなストレスを与えることがあります。健康な時に多様な食生活をしていた子と飼い主様にとって食事は生活の中心であり、コミュニケーションの大部分を占める場合があります。そういった食生活をしている飼い主様と動物たちにペットフードさえ与えればよいという指導は、食事管理を失敗させる要因になりかねないため、野菜などのタンパクの少ない食材のトッピングを許可するなど一部食事制限を解除し、QOLを高めるためのアナウンスも必要になってきています。

私たちにご依頼いただく症例の多くは、腎臓療法食です。かかりつけ動物病院様を通してのオーダーを推奨しているにもかかわらず飼い主様のみのオーダーが遥かに多い事実をお伝えさせていただきます。これは、現状の食事管理に満足できず何か他に出来ることがないかと考えた飼い主様の努力の形の一つではないでしょうか。うまく食事管理ができないことを飼い主様や動物たちのせいにせず、ニーズや食生活の変化に獣医師も対応していかなければなりません。

手作り食という新しい選択肢は、QOLを高め、段階的にそれぞれの栄養素をコントロールすることが可能

手作り食は、既製品と異なり、完全オーダーメイドで食事のデザインをすることができます。段階的なリンやタンパク質の調整を行ったり、逆に過度な栄養素の制限を解除することにより、病態に合わせた食事を作ることができるのと同時に、食べることのできるものを増やすことができます。また、手作り食は嗜好性が良く、飼い主様や動物たちのQOLを高めることに役立ちます。

市販療法食のタンパク制限は、メーカーや製品により様々です。タンパク制限は軽度からしっかりと行われているものまであり、選択には、比較、検討が必要です。選択した製品によってはもう少しタンパク質を下げることができたり、ステージが進行し、市販の腎臓療法では食事量の維持ができなくなった症例に対しても手作り食が有効である場合があります。また、タンパクやリンの制限を個別にできることも手作り食の良さです。エビデンスはありませんが、末期の症例に対し、ぎりぎりの栄養組成の食事を設計することで、生存期間の延長を期待できるかもしれません。腎臓の数値が少し高くなったら、腎臓療法食をすすめ、市販療法食の食いつきが若干悪くなった段階で、「食べられるものなら何でも与えてよい。」という指導ではなく、飼い主様や動物たちに寄り添った食事指導がより可能だと考えております。

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